■ 10年ほど前までは、マツガサキ大黒天からすぐ法の山に誰でものぼれたんです、、、今は、シカ対策で囲われていますのでこんな写真撮りにゆくことも難しいです!
■ 皆様、松ヶ崎へようこそいらっしゃいました!
■■ 私たちは、何をするべきか? みんなで安心安全ネットワークを築いて来ました!
■■ 松ヶ崎の良いところをご案内します。 ■■<マツガサキ元気プロジェクトは、2026 左京区まちづくり活動支援交付金事業です。
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■ 松ヶ崎に、地下鉄が開通し、同時に北山通りも整備されてようやく少しづつお店が増えてきました。30年経過してもまだまだ他に比べたらお店は少ししかありません。<それでも素敵なところはいっぱいあります>
■■ 武田亜希子校長先生に松ヶ崎小学校のいいところをお聞きしてみました。
■ 2026年4t月17日に開催された開校記念日・南門登校の様子
■ 1、児童会活動の一環として行っている「たてわり学習」では、1年生から6年生までの児童が学年の枠を越えて交流し、新たな兄弟姉妹のように、一緒に遊んだり、互いに理解を深める時間を設けています。
■ 2、また、総合的な学習の時間「かがやき学習」では、各学年のテーマに応じて地域の有識者の方々からご指導をいただき、バケツ稲の栽培や水墨画の制作など、さまざまな体験活動に取り組んでいます。そして、地域について学ぶ学習を大切にしています。
■ 3、さらに、令和10年3月には新しい体育館が運動場に完成する予定です。最新の設備の中で快適な学習や運動ができる日が来ることが、今から楽しみです。
■ ■ そんなお話を伺いました。新しい体育館は、楽しみですね、
■■ 松ヶ崎小学校の情報 こちらから
■■ 松ヶ崎児童館の館長:細川みゆき先生に松ヶ崎児童館のいいところを聞いてみました。
■ 2026年8月4日に開催された避難訓練+消火器l訓練の様子
■ 松ヶ崎児童館には、現在、1年生から6年生までの児童76名が、学童クラブに登録しています。通常は、午前10時〜午後6時半までの開館ですが、今は夏休み真っ只中、学校の長期休業期間は、午前8時から受け入れています。夏休みの約1ヶ月間は、1年生〜6年生までの異年齢集団で長時間生活をします。その中でトラブルもありますが、高学年の児童が1〜2年生と一緒に遊んでくれたり友達が困っているときに声をかけてくれたり、異年齢で生活する中で、成長し合える機会を作っています。
■ また、学童クラブに登録していない児童も、暑い中、自由来館児童として、毎日たくさん児童館に遊びに来ています。児童館に行けば、友だちや先生がいて、一緒に遊べる居場所になっているのかなぁと思います。児童館で過ごしていることで、保護者の安心にも繋がっているようです。
■ 児童館には乳幼児親子の皆さんも、子どもたちが学校に行ってる午前中や、土曜日にほっこりと遊べる場として利用されています。お母さんたちも共通の趣味でサークル活動もされています。最近では、お父さん方も乳幼児さんと休日を利用して遊びに来られています。また、中学生も夕方に卓球をしたり、勉強したり、友だちと短時間でも、気軽にゆっくりできる場所として利用しています。児童館がほっこり過ごせる場所として、地域のみなさんに利用していただくことは、とてもうれしいことです。
■ 松ヶ崎児童館では、特性(拠点性、多機能性、地域性)を発揮し、子ども、家庭、地域と共に活動を展開したいと考えています。子どもたちだけでなく、地域の皆様からも信頼され、安心して過ごせる居場所として利用していただける児童館を目指していますので、今後ともご支援、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
■■ 松ヶ崎児童館の情報 こちらから
■■ Facebookで”マツガサキ元気プロジェクトからも情報を投稿できます ▶ こちらから
■■ 初めてFacebookをご覧になるお客様は、初期設定画面が開きます。設定が完了しますと次回から、自動的にマツガサキ元気プロジェクトの画面が開きます。

■ みなさまの松ヶ崎の良いところをみんなで探してみましょう!
■ 出典:国土地理院 地理院地図Vectorを使用して加工 <自主防災会ブロック図>
■ 松ヶ崎は皆様が想像している以上に広いのです、北側には、宝ヶ池公園があり、この周辺には、約400頭の鹿が生息しています。トンネルをこえた最初の左側の道の角のビリヤードやさんまでが松ヶ崎北端です。
■ 西側の深泥池のみえるマンションまでが松ヶ崎西山の西端です。
■ 南側は、北大路通に面した生協やスギ薬局のある店舗は下鴨ですが、その一本北側の通りから北が東桜木町と桜木町です、ここまでが松ヶ崎です。
■ 東側は、宝ヶ池子供の楽園の南門の前の橋から南側が松ヶ崎です。ここが井出ヶ鼻町で高野川から泉川へ流れる農業用水を取っている取水門があるところまでが東端です。
■ 松ヶ崎の昔のお話、ご自宅に咲いている綺麗な植物の写真、行ってみたらいい店だった情報など、私たちに知らない情報をご送付ください。
■ わからないことは、監修者の先生にお聞きして解明します。
■ マツガサキ元気プロジェクトにお気づきの情報をご送付ください ▶ メールを送付
■ 松ヶ崎の昔の話や今の話をいろんな人にお聞きしてみました。
■ ■ 立正会理事長・岩﨑 勉氏のおはなし
■ 子供の頃の思い出は、工芸繊維大学に自由に入れる学園祭の日が楽しみでしたね、いろんな教室の展示を見たり、みんなで食事できたので楽しかったです。<コロナ禍以降、学園祭も変わりましたね!>
■ そのころは、松ヶ崎の山には、綺麗な赤松がいっぱいあってまったけも取れたし、赤松は、妙法の火どこにも使われていました。<まったけが松ヶ崎でいくらでも採れたって、ほんまですか?>
■ 子供のころは、松ヶ崎街道が土の道で小川にホタルもいっぱい飛んでいました。それを菜の花の茎を乾かしておいてそれでホタルを捕まえるんですよ、今はそんなことはできないですね。<菜の花でどうやって捕まえるのか想像できません!>
■ ■ 自主防災会前会長・中島煕泰氏のおはなし
■ 昔の松ヶ崎で面白い話は、消防団は街道の川を清掃して体育振興会が、田んぼのあぜ道にある小川の掃除をしていた、この日のことを「水あげ」と呼んでいた。そもそも何で体振が田んぼの小川を掃除すんのかと不思議だったが、今思えば親睦を深める大きなイベントでした。<そのころは、松ヶ崎には田畑がいっぱいあって水路は無数にあったはず、それは一大事業でしたでしょうね!>
■ 敬老会の準備も毎年小学校の講堂で行われていたので体育振興会と消防団が会場設営をしていた、その頃は、近くにホテルとかなかったんでね。何でも体振か、消防団が駆り出される時代でした。<そういえば、松ヶ崎には、宴会するところがなくて簡ポールやアピカルインができたのは昭和の終わりですが、それも今はなくなりました!>
■■ マツガサキのいいところ
■ 京都は桜の名所が多数ありますが、私の一推しは、賀茂川・高野川沿いの桜並木です。堤防に何処までも続く桜並木、圧巻です。
■ 私は毎年、次のコースでの花見を楽しみます。高野川を南下し、二川の合流地点から賀茂川を北上、川沿いの植物園も覗きます。葵橋から北へ柊野までの約四キロの桜並木は、明治の末に、師範学校の事業として植樹されたとのことです。補植が続けられていますが、樹齢百年超の古木も残っています。
■ 最近は、嵐山、醍醐寺、仁和寺などの桜の名所、どこも大変な人出です。前記のコース、広いエリアなので、人出もさほどなく、マイペースで存分に堪能できます。
■ 合流の川をV字に花見かな 氷室茉胡
<御所ノ内町の氷室さんありがとう、近くで花見は、いいですよね!>
■ ■ マツガサキのいいところ
■ 1 緑豊かな旧街道
■ 2 疎水の桜
■ 3 新宮神社から宝ヶ池までの山道
■ 4 京都工芸繊維大学のイチョウ並木 氷室由美子
<おーご夫妻でコメントありがとうございます!>
■ ■ マツガサキの昔の話
■ 戦中に今海道町に引っ越してきた父が、最初来た頃は、家から高野川も賀茂川も土手が見えたと言ってました。ノートルダム小学校や工芸繊維大学ができるまでは、一面が田畑だったようです。子供のころは、それでもマツガサキは、視界が広かったですね、
・昔、送り火の日に家の一階で北を向くと妙の文字に火が灯るのが見えたんです。 そして玄関を出て東南の方向を見て家の前から大文字を見てました。それが数年後には2階に上がらないと見えなくなり、やがて屋外に出て見るようになり、今は北山通りまで出ないと見られないですね。それだけ建物も増えたということですね。
・小学校の時代には一月には良く凧揚げをした思い出があります。近所の田んぼは稲刈り後の畑になっていたので畦道から畑に向かって凧揚げをしていました。 凧が住宅に触れる気遣いも無くけっこう長い糸で高く、遠く凧は上がるのです。今海道町 匿名希望(A.I.)
<そうでしたね、昭和の半ばでもどっからでも京都タワーと五条のガスタンクが見えましたよ!今は、大文字でさえ探さないと見えません!>

■■ マツガサキ元気プロジェクトは、2026 左京区まちづくり活動支援交付金事業です。
主催:マツガサキ元気プロジェクト実行委員会
協力:日赤奉仕団松ヶ崎分団
後援:松ヶ崎小学校同窓会
■ マツガサキ元気プロジェクトにお気づきの情報をご送付ください ▶ メールを送付
■■ Facebookで”マツガサキ元気プロジェクトからも情報を投稿できます ▶ こちらから
■■ 初めてFacebookをご覧になるお客様は、初期設定画面が開きます。設定が完了しますと次回から、自動的にマツガサキ元気プロジェクトの画面が開きます。
<編集後記>
■ 皆様から楽しい話題をありがとうございます。私が記憶している20代のエピソードは、地下鉄烏丸線が、北大路駅で終点だった間に北山通をノートルから松ヶ崎橋まで延伸中の時間が有りました。 子供達は、車の来ないアスファルトで存分にボール遊びをしたり、夕刻には、屋台のラーメン屋さんが店を出していたりしていました。現在のライフの北側にある白いマンションが完成して、一階には、当時パリコレで話題になっていたテリーニ・ミュグレーの店や、角にはナイトクラブのような店ができたので、びっくりしました。残念なことに地下鉄が開通して間も無くいずれも閉店!松ヶ崎には、ちょっと早すぎたのかな?その頃、北山駅付近は、オンリーストリートと言われていて、ずーとONRYというスーツ屋が並んでいて、今思えば、不思議な現象でした。そういえばその後、桜木町に外国のような帽子のブティックがありましたけど、こちらも今はもうありません。よく流行っていたのは、宇奈月というラーメン屋が堀町にありました。ラーメンを頼むととろろ昆布の寿司が付いてくる店で、こちらは、30年くらい続いていましたが、惜しまれつつ閉店してしまいました。小川のある松ヶ崎旧街道は風情があって素晴らしいので西町のまつがさき商店や今度堀町に再開店する、もう片方の酒屋は、ぜひ長続きしてほしいです。<■■ このプロジェクトの代表 御所ノ内町:岩澤有徑 >
■■ 松ヶ崎小学校を卒業してから六十年以上の歳月が流れました。現在の児童通用門が当時は正門で、隣りには今も松ヶ崎消防分団があります。古い石垣の上に瓦をのせた白い土塀が、修繕を施されて今も残っています。この辺りは昔の面影がほぼそのままで、大好きな散歩道です。土塀の内側は校舎が建っていますが、当時は運動場でした。運動会や体育の時間に駆け回った日々が懐かしく思い出されます。
■ 学校の東側にあるグランドはかつては田圃で、小さな工場が一軒建っていた記憶があります。現在の正門とグランドの間の坂道を上るとY字路になります。道なりに右へ行くと湧泉寺から松ヶ崎大黒天(大黒さん)、左へ行くと七面祠(七面さん)から新宮神社(新宮さん)。右へ行こうか左へ行こうか、どちらも松ヶ崎の山裾の素敵な散策路で軽く迷ってしまいます。<■■ このプロジェクトの副代表 三反長町:田中博一 >
<小学校の話題ありがとうございました。今は、アルミ製の25mプールが屋上にある学校です、当時から見ればびっくりですよね!二宮金次郎も散歩に出ています!>
■ 我々が子供の頃の松ヶ崎と言えば、春は一面菜の花畑だった。京漬物の菜の花漬も元祖は松ヶ崎の「花漬」と言われている。 今や松ヶ崎のメインストリートである北山通りも開通する1985年以前は一面菜の花畑だった。夏休みは松ヶ崎の山でカブトムシやクワガタをたくさん捕ったかな。<■ プロジェクト委員 海尻町:岩﨑元一>
<うんうん、松ヶ崎の菜の花漬けは、すぐきのような発酵食品で初めての人には、驚かれると思うが、私たちには大切な超ローカルフーズ!>
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